夜ふかし録

クラリネットの条件検討

岩明均「七夕の国」

岩明均「七夕の国」を久しぶりに読み返した。たぶんヒストリエ12巻の広告をみたから本棚で目に止まったのだろう。

東北地方の小さな集落で密かに数百年つづく七夕の祭り、神官の血筋、特殊能力…というキーワードでビビッと来るような人にはおすすめだし、SFが好きな人、伝奇小説が好きな人にも勧められる。

よくできているので、売り文句にあるように「伝奇SF」として純粋に娯楽として楽しいのだが、久しぶりに読んでらけっこう色々なことが描かれている作品だと思った。以下、ネタバレあり。

  • 主人公はあっけらかんとしていて気負いのない人物だが、幸子や頼之はそれぞれ苦しみを抱えた人物だ。心的外傷なりトラウマを背負った人物が描かれるのは岩明作品の共通のテーマでもある。
  • 幸子は、実兄から虐待を受けていた過去がある。そのために兄とその能力には複雑な感情を抱いている。兄が物語終盤で死亡する際には取り乱すが、単純に憎いだけではない様子が描かれている。このあたりは被虐待者の描写として生々しいと思う。
  • 丸神の里は客観的にみれば集落がまるごとカルト集団のようなものだ。外部の干渉を拒否したり、警察すら拒んだりする。集落の掟のようなものが強い。いわゆるムラ社会を描いている。外部社会の干渉を拒むようなムラ社会の息苦しさはネットでもときどき話題になるが、作品世界では、丸神の里の実情としては「窓の外」「手が届く力」というムラの構成員にはコントロールできない力が存在していて、そのために集落そのものが閉鎖的になっている様子が描かれている。「村の掟」の描き方として珍しいし、それでいてちょっと本質的かも、と思う。
  • 「窓の外」の描き方が魅力的だと思う。異世界やあの世のように捉えられるし、作品世界の筋にそえば遠い宇宙なのかもしれない。いずれにせよ普通の方法ではアクセスできない世界が「窓の外」である。幸子の説明は曖昧なところが多いが、ヒトが社会のなかで感じる隔絶が投影されやすいように描かれているように思う。
  • 最終盤、被虐待者であり、トラウマを抱えて苦しんでいる幸子が、頼之に「私も連れて行ってください」というシーンは重い。解釈はひと通りではないけれど、あの世ともいえる「窓の外」に幸子が傾いていくのは説得力がある。自分ですべて準備するようなすごく積極的な自殺ではないが、通りがかりに自殺のチャンスがたまたまあったから乗る、くらいの不安定さ・危うさのあり方が、私にはとてもリアルに感じられる。それを止めるナン丸くんは必死で言葉を尽くし、最終的には羽交い締めにして止めるしかないところもリアルだ。
  • ラストへの流れが鮮やか。「雪の峠」や「寄生獣」のラストもとても美しいけど、この作品もやはりかっこよく締めくくられている。

今検索したら、どうやらDisney+で実写化するらしい。タイムリーだな。ヒストリエ12巻発売に絡んでるのかな。

ステマっぽい流れになってしまったけどステマではないです。