夜ふかし録

クラリネットの条件検討

個人的な体験とシン・エヴァ

『シン・エヴァ』を観た。(2回目)

 

考察は詳しい人が既にたくさんしている。

個人的な体験と重ねてその感想をメモしておくと…

 

ゲンドウはやはりユイに会いたかった、ということで、それ自体はもう旧劇から既知の事実だったのだけど、本人の口から思いが吐露されるシーンは個人的には切実に感じられた。

ユイを亡くしたあとの虚脱して絶望したゲンドウの描写は、愛する人を亡くし、のこされた人の反応としてこの描写は切実だった。冷徹な面の多いゲンドウも実は人間らしい人格をもっており、死別によって深く傷ついていた、ということである。

「父さんは母さんを見送りたかったんだね」というシンジの台詞も切実に感じられた。その気持ちが(息子という以上に、自分以外の人間=他人である)シンジに理解された、伝わったという点で、ゲンドウは救われていると思う。

死別を経験した人は、そもそも死別なんかしたくなかった、という気持ちとともに、死別するしかなかったにせよ「もっとちゃんと見送りたかった」という気持ちを抱くのではないだろうか。

唐突な死のあとに、狼狽・混乱のなかでお別れをするのは、そのこと自体が無念なのである。

なので、もう一度ユイに会いたい、という願いは、そもそもが切ないものなのかもしれない(お別れをいうための再会を願っているということなので)。

 

90年代の閉塞感をよく写した作品であり、20年の歳月をへて(作品内外ともに)変遷しながらついに完結したが、個人の問題に再びフォーカスして終劇した点で納得感があったと思う。