2015年に金沢から東京に帰ってきて以来、年末の第九公演は何かしら聴きにいっている。
今まで印象に残っているのはインバルと都響の第九だった。期待どおりアクが強くて、随所にデフォルメが効いており、耽美的な造形だったように記憶している(三楽章の後半などで個性が強く出ると思う)
近年の流行というかスタイルとして、ベートーヴェン演奏ではかなりインテンポを維持することへの意識が強くなっていると思う。
むかしのフルトヴェングラーとかバーンスタインのように、自由にテンポを工夫して聴かせるスタイルから離れてきていると思う。
井上道義さんや、今回のヤノフスキは特にその意識が強く、禁欲的といってもいいかもしれない。
(自分がオーケストラをよく聴くようになった頃にはすでに、ベートーヴェン演奏においてそういった潮流ができていたと思う。これは、シャイーとかブロムシュテットとライプツィヒ・ゲヴァントハウスとの全集録音などでも聴き取れる)
そのなかではインバルのやり方は比較的古色蒼然としたやり方に近いのかもしれない。とはいえっても、やはり基調はテンポ維持だったとは思う。
インバルの特徴は、ここというところでかなり極端な変化をつけたり、テンポはそのままでもダイナミクスやアーティキュレーションの変化といった形で強い主張を行うところだろう。
今年のヤノフスキは、テンポに関してはかなり厳格で、(おそらく)慣習的に行われているアゴーギグや溜めを行わずに最後までテンポを維持するという意志に貫かれていた。
三楽章に関しても、インバルの耽美的な演奏と違い、愉悦的な場面でも抑制のきいた表現になっていたと思う。ただ、それでいわゆる「歌」がないかというとそんなはずもなく、フレーズの求める情緒はしっかり表現されていたものと思う。
(でもこれはヤノフスキがすごいというよりはN響がすごいポイントだと思う。インテンポの中で歌をしっかり歌えという指示だったのだろうと感じた。少し無茶ぶりだと思う)
N響は弦管打いずれも集中力のある演奏でさすがでした。ホルンは少し調子が悪そうだったけど人間、そういう日もある。
ヤノフスキが振るというので今年はN響にしたのだけど結果的に満足した。
ヤノフスキは、去年の秋くらいにN響に客演していて、ヒンデミットの作品とベートーヴェン3番を振った。このときのヒンデミットがとても良かった。なんだか音がソリッドで、仕掛けがよく聴こえるような気がしたのだった。この公演はテレビでも放映されていた。
ヤノフスキはある程度制約があるなかで真価を見せるタイプなのだろうか。フランスものなどではどうなるのだろう。十八番といえるプログラムは何なのだろう?
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触発されてクラリネットの練習もしたけれど、もっとまとめて吹く時間が欲しいものですね。