夜ふかし録

クラリネットの条件検討

ブルバキ、古楽、EBM

「ある程度成果が出て、分野としての系統立てもなされてきたところで、少し違う視点から改めて捉え直し」というのはどの領域でも行われていることです。

 

 ぼくは数学には詳しくないけれど、数学の世界では20世紀のはじめの20年くらいに、フランスの数学者たち(「ブルバキ」)を中心とした「今までの数学研究で得られた諸定理を再統合しよう」という動きがあったようです(結果的には失敗に終わったようですが)。

 音楽の世界では、フルトヴェングラーカラヤンバーンスタインたちが活躍しロマンティックな解釈を基本としたスタイルが隆盛を極めた20世紀後半ごろ、その頃の若手であったノリントンブリュッヘンらによって古楽バロック以前の西洋音楽)の方法を追究する人たちが現れました。このムーブメントは一過性には終わらず、現在に至るまで連綿と続いていますし、古楽の研究、古楽的なアプローチの研究によって、ロマン派以降の作品の演奏にも多大なフィードバックがありました。(その点では、現在活躍している演奏家・指揮者においては、意識的な影響以上に無意識的な影響も大きいかもしれませんね。)「温故知新」ということわざを思い出すような流れですが、これもある種の「捉え直し」のように思えます。

 

医学の世界では、Evidence Based Medicine, EBMという概念の普及と実践が、この「捉え直し」に当たるのではないでしょうか。

経験的に得られた知識をもとに発展し形成されてきた医学という体系。経験という基礎の上に、様々な推論や仮説を積み重ねて、基本的には自然科学の方法論に則ったプロセスによって、今日に至る進歩を遂げてきました。しかし、効いているのか本当のところはわからないけれど、「伝統的に行われてきたから」今も行われている、…という事柄も少なからず存在します。(そのような治療も、もちろん仮説のレベルでは何らかの根拠があるものがほとんどで、かつベネフィットがリスクを上回っていると判断されて施行されているはずです。)

でも、医学はおまじないじゃない。いや、根拠のないおまじない的な要素をできるだけ医学と医療から排除するべきだ(…むしろ、患者さんのためになるならば、おまじないにも根拠を求めるべきだ)、という思想が、おそらくEBMという潮流の基底に流れているものと思います。

 

そういう観点から、「ベイズの定理」や症例対照研究といった統計学的なテクニックを道具として、行いうる医療行為に根拠を求め、整備するのがEBMの方法論であり、価値観でもあります。

現在、EBMの考え方はもはや医学の主流を学ぶ人や実践する人にとってドグマとなっています。これによって、Evidenceのない医療行為は駆逐されつつあるのだと思います。(Evidenceがないけれど、それ以外に優れた方法がない、などの場合は例外でしょう。患者さんに利がある限り、その医療はなされる価値があると考えられます。)

 

流れとしては、現在はそのようになっている。

ではこれから先はどうなっていくのでしょうか、ね。

 

(一部書き直しました)